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  • 執筆者の写真Dr. K. Shibata

失敗する権利を奪わない

日本の教育文化に欠けているもの

SNS上で自分の幼い娘に対する無礼で乱暴な態度に憤る母親がいた。彼女は男子の親たちへ、こう訴えていた。「他人に不用意に近付いたり、じろじろ見たりするのは失礼だからやめなさい」と教えてあげてくださいと。



彼女の心配を「もっともだ」と思う反面、欧州在住の心理学の専門家が、以下のような意見を述べていた。いわく、欧州で日本人の子どもたちは、男女を問わず、現地の子どもたちのこのような「不躾な」行動に悩まされている。しかし、その子の親たちに注意喚起するより、自分の子どもが嫌な出来事に遭遇したら、すぐに「NO」と、言えるように教育することのほうが重要なのではないかと。


そう言えば、自分もそういう場面を目撃したことがあったことを思い出した。当時、まだ欧州では少数派だったアジア人である友人の日本人のお子さんを現地の子どもたちは、じろじろ無遠慮に見ていた。友人のお子さんも負けずに彼らを見返していたけど、「まあ、そんなものだよね」と、自分も友人もやり過ごしていた。子どもだから、自分たちが見たことのないモノや「人間」に対して好奇心を持つのはしかたがないと。



ただ、この行動が「おとな」であると、やはり問題で(自分もそうされた時は不愉快だったので)、小学生以上には、やはり他人と接する時の注意点は教えてあげたほうがいい。


そして、ここでもうひとつ気になることがあった。自分自身は、かなりの放任主義で育ったし、「こうしなさい」「こうあるべきだ」と頭ごなしに言われることが全く好きではない、そう言われると、すぐに「理由」を聞いてしまうタイプ。しかし、日本の社会では、自分の子どもを失敗から守ってあげるのが親の役目だ、と思っている保護者が相当数いるのも事実である。就職した子どもの会社に電話で抗議する親もいると、聞いたことはあるけど、自分もこれと似た経験をしたことがあり、驚いてしまったことがある。そして、こう思った。「自分の声」を失うことは、かなり怖いことなのだ、と。



後日、若年認知症の人が「失敗する権利を奪わないで欲しい」と、TV番組で訴えていて、まさに今の日本の教育の問題点だと思った。もちろん、リスクの概念は人それぞれ違うということも理解しているけれど。日本人と話していて、自分の「コンフォート・ゾーン」から出たがらない人が非常に多いことがいつも気になっている。


特に「異文化コミュニュケーション」や「研究」は、失敗することで学習し、次のステージに行けるようになる。いわゆる「コスパ」とは真逆の世界。しかし、これがなかなか伝わりにくい。それでも、声を大にして言いたい。「失敗は勲章だ」と。

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