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  • 執筆者の写真Dr. K. Shibata

「橋田壽賀子のラストメッセージ〜“おしん”の時代と日本人」を見て

更新日:2021年5月22日



先日お亡くなりになった橋田寿賀子さんを追悼するNHKの番組をたまたま見る機会がありました。正直、私はこれまで勝手に彼女のことを日本の良い時代を懐かしむ、古臭いタイプの脚本家だと思っており、彼女が脚本を書いたドラマをしっかり見たことがありませんでした。しかし、NHKのドキュメンタリーはこれまでの私の思い込みを覆す内容だったと思います。


「橋田壽賀子のラストメッセージ〜“おしん”の時代と日本人〜」


「橋田壽賀子さんの代表作「おしん」。内容が暗いと反対されても橋田さんがこだわったのは「おしん」が生きた時代をリアルに描くことだった。農村の貧困の実態、戦争責任を感じる庶民の苦悩、高度経済成長期の商売拡大路線とその危うさ…。」

このドラマをこういう辛口の視点で見たことが無かったのでハッとさせられました。意図せず戦争に協力してしまった一般庶民の「戦争責任」を問うため、主人公おしんの息子は戦死、夫は自殺してしまう、という朝ドラにはふさわしくないドラマ設定にした、ということを初めて番組内で知りました。


連続テレビ小説「おしん」 | NHK放送史


戦後、おしんが立ち上げたスーパー(ヤオハンがモデルと言われている)は息子により拡大路線を続けるますが、「弱肉強食」が正義と信じていた彼の会社は、さらに巨大なスーパーの進出により経営危機に陥ります。この設定は後にヤオハン・ダイエーが破綻したことにより現実のものとなったのです。


おしん」は1983年放送のドラマですが、この時期に新自由主義的経済モデルの問題点をドラマの中に持ち込んでいた橋田さんは実に鋭い観察眼の持ち主だったのですね。その後に日本がバブル経済に向かい、破綻したことを考えると感慨深いと思いました。


以下は英語での報道と映画・TVドラマ専門サイトのレビューです。


Hashida, writer of acclaimed Japanese TV drama "Oshin," dies at 95


Oshin (1983– ) User Reviews


この番組は再放送も予定されているので、もう一度ゆっくり見てみたいと思います。


再放送を視聴


先回は「ながら見」だったので、いくつ重要な点を見逃していました。以下、再放送を視聴後、重要だと思った点を列挙します。


・橋田さんは主人公「おしん」を明治34年生まれ、 昭和天皇と同い年に設定しました。理由は昭和天皇の生きた時代の歴史、「昭和」を体現する物語にしたかったから。彼にこのドラマを見て欲しい、という願望もあったようです。


・おしんの名前は最初から決めていたそうです。心、辛、神、など様々な意味を含んでいます。


・おしんの物語は一人の女性の生涯をとおしてみた日本の近代化、経済発展史をドラマ形式で描写しています。


・真面目な「軍国少女」であった橋田さん。庶民を戦争に巻き込んだ、当時の日本のリーダーたちに対する怒りは並々ならないものがあったようです。戦争終結時には、敗者の武将が自決する「平家物語」のように、指揮官は何らかの責任を取るものだと想像していたのに、現実は違ったことへの憤りを主人公おしんの夫の葬儀の場面でのセリフを通じて語らせています。


・橋田さんの母校、大阪府立泉陽高等学校で歌人の与謝野晶子も学びました。ここに置いてあった「君死にたまふことなかれ」の詩が描かれた屏風から、いつかこの詩をドラマで使ってみたいと思っていたそうです。おしんの登場人物の1人、日露戦争の脱走兵がこの詩をおしんに教えます。大阪府立泉陽高等学校前身は府立5番目、公立の女学校として大阪で2番目に古い高等女学校ですが、その発祥は明治初期1874年に開設の堺女紅場だったそうです。俳優の沢口靖子さんなど多くの著名人を輩出した学校でもあるようです。


・「身の丈を超えた日本人」というタイトルで、ドラマ後半では、更なる豊かさを追い求め、経済成長に奔走する日本人の危うさを語っています。とりわけ、流通革命、価格破壊、大量出店を実行したスーバーマーケット・チェインを取材した際に橋田さんが感じた不安は、現実のものとなります。



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